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東京高等裁判所 平成6年(行ケ)229号 判決 1996年2月06日

愛知県名古屋市中川区福住町2番26号

原告

リンナイ株式会社

同代表者代表取締役

内藤進

同訴訟代理人弁理士

佐藤辰彦

千葉剛宏

鷺健志

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 清川佑二

同指定代理人

後藤正彦

伊藤頌二

幸長保次郎

関口博

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

「特許庁が平成2年審判第5052号事件について平成6年8月22日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告

主文と同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和60年10月26日、名称を「燃焼装置」とする発明(後に「高負荷燃焼装置」と補正。以下「本願発明」という。)につき特許出願(昭和60年特許願第240302号)をしたところ、平成2年2月27日拒絶査定を受けたので、同年3月29日審判を請求し、平成2年審判第5052号事件として審理された結果、平成5年5月17日出願公告(平成5年特許出願公告第32653号)されたが、特許異議の申立てがあり、平成6年8月22日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は同年9月12日原告に送達された。

2  本願発明の要旨

温水の温度を温度センサーにて比較検知してその信号により燃料供給弁で制御するとともに燃焼用送風機の風量を制御する水加熱の高負荷燃焼装置に於いて、該燃焼用送風機を直流モータにて構成し、温度センサー出力信号を設定出力と比較して必要な燃焼用空気量を決める風量制御回路より回転数制御回路へ出力し、駆動回路により直流モータを駆動し該直流モータの実際の回転数検知により回転数で風量を制御したことを特徴とする高負荷燃焼装置。(別紙図面1参照)

3  審決の理由の要点

(1)  本願発明の要旨は前項記載のとおりである。

(2)  これに対して、特開昭58-28922号公報(昭和58年2月21日出願公開。以下「引用例1」という。)には、「温水の温度を温度センサー(引用例1にあっては、温度検出器13)にて検知して、その温度検出信号(引用例1にあっては、引用例1の第4図に示す温度検出信号TH)と設定温度信号(引用例1にあっては、引用例1の第4図に示す設定温度信号TS)との偏差信号(引用例1にあっては、引用例1の第4図に示す偏差信号TR)に基づく制御信号(引用例1にあっては、引用例1の第4図に示す信号V)により、燃焼装置への燃料の供給を燃料供給弁(引用例1にあっては、制御弁8)で制御するとともに、燃焼用送風機(引用例1にあっては、送風機5)の風量を制御する水加熱の燃焼装置に於いて、該燃焼用送風機をモータ(引用例1にあっては、送風機5を駆動するドライバ27)にて構成し、前記温度検出信号と設定温度信号との偏差信号に基づく制御信号を制御量置換部(引用例1にあっては、引用例1の第4図に示す制御量置換部FI)により回転数信号FSに変換し、該回転数信号FSを設定値とし、回転数検出器12で検出した回転数信号FCとの偏差FRを求め、該偏差信号FRを回転数制御回路(引用例1にあっては、引用例1の第4図に示す比例部FPと積分部Fiと微分部FDとからなる制御回路F)に入力し、該回転数制御回路からの出力信号を燃焼用送風機を駆動するモータの駆動回路(引用例1にあっては、引用例1の第4図に示すプロセスPF)に入力し回転数で風量を制御したことを特徴とする給湯機などの燃焼装置。」が記載されている。(別紙図面2参照)

また、特開昭59-153024号公報(昭和59年8月31日出願公開。以下「引用例2」という。)には、「ガス又は石油強制給排水式給湯器の高負荷化、省エネルギー化、並びに小型化に伴う、燃焼ファンの高圧化、小型化並びに風量制御範囲の拡夫化のために、燃焼用空気をバーナに供給する燃焼ファン本体を設け、この燃焼ファン本体を一定回転以上で回転させ、回転数の範囲を1:3以上としたトランジスタモータで駆動し、このトランジスタモータの駆動回路に電流制限回路を設けた燃焼ファン。」が記載されている。

(3)  本願発明と引用例1に記載されたものとを対比すると、引用例1記載の「温水の温度を温度センサーにて検知して、その温度検出信号と設定温度信号との偏差信号に基づく制御信号により、燃焼装置への燃料の供給を燃料供給弁で制御する」(以下、この構成を「引用例1の構成A」という。)及び「温度検出信号と設定温度信号との偏差信号に基づく制御信号を制御量置換部により回転数信号FSに変換し、該回転数信号FSを設定値とし、回転数検出器12で検出した回転数信号FCとの偏差FRを求め、該偏差信号FRを回転数制御回路に入力し、該回転数制御回路からの出力信号を燃焼用送風機を駆動するモータの駆動回路に入力し回転数で風量を制御した」(以下、この構成を「引用例1の構成B」という。)は、本願発明の「温水の温度を温度センサーにて比較検知してその信号により燃料供給弁で制御する」(以下、この構成を「本願発明の構成A」という。)及び「温度センサー出力信号を設定出力と比較して必要な燃焼用空気量を決める風量制御回路より回転数制御回路へ出力し、駆動回路によりモータを駆動し該モータの実際の回転数検知により回転数で風量を制御した」(以下、この構成を「本願発明の構成B」という。)にそれぞれ相当するものと認められる。

次に、引用例1の構成A、Bが、本願発明の構成A、Bにそれぞれ相当する根拠を述べる。

本願発明は、発明の開示が不十分で具体性に欠け、かつ、本願発明の構成A、Bは文意が不明瞭なため、引用例1の構成A、Bが、なぜ本願発明の構成A、Bにそれぞれ相当するのかわかりにくいが、本願明細書の実施例に、「3はサーミスター2の抵抗温度特性を利用して動作する比例制御回路でありガス比例弁4を供給する電流を制御し、湯温が一定となるようにガス量を制御している。」、「サーミスター2が温水温度を検知してそれに応じて抵抗を示し、温度センサー出力と設定出力との比較に応じて比例制御回路3及び風量制御回路を動作させる。」と記載されていること、及び本願の第3図の記載、並びに本願発明は湯温が一定となるようにガス量を制御していることから本願明細書記載の設定出力は設定温度信号に相当すると認められるから、本願発明の構成Aは、文意不明瞭な箇所を補足して解釈すると、「温水の温度を温度センサーにて検知して、その温度検出信号と設定温度信号との比較に応じた信号により、燃焼装置への燃料の供給を燃料供給弁で制御する」(以下、これを「構成A’」という。)に相当する。

そして、「温度検出信号と設定温度信号との偏差信号に基づく制御信号」は「温度検出信号と設定温度信号との比較に応じた信号」と同じ意味であるから、引用例1の構成Aは前記構成A’に相当し、結局、引用例1の構成Aは、本願発明の構成Aに相当するものと認められる。

また、本願発明の実施例に、「風量制御回路8の動作によりその制御信号を受けて回転数制御回路6を動作させ、AC-DC交換回路及び駆動回路7を介して駆動直流電流が直流モータ5’に与えられサーミスター2が検知した温水温度に応じた高負荷燃焼量に見合った風量がファン5の回転により供給される。」、「フアン5の実際の回転数は回転数検知回路10で検知され、設定回転数と同一になる様、回転数制御回路から信号が出される」と記載されていること、及び本願の第3図の記載、並びに本願明細書記載の設定回転数は必要な燃焼用空気量を決める風量制御回路からの信号に相当すると認められるから、本願発明の構成Bは、文意不明瞭な箇所を補足して解釈すると、「温度検出信号と設定温度信号との比較に応じた信号を必要な燃焼用空気量を決める風量制御回路に入力し、該風量制御回路からの出力信号とモータの実際の回転数を検知した信号を回転数制御回路に入力し、該回転数制御回路からの出力信号を燃焼用送風機を駆動するモータの駆動回路に入力し、回転数で風量を制御した」(以下、これを「構成B’」という。)に相当する。

一方、引用例1記載の「温度検出信号と設定温度信号との偏差信号に基づく制御信号を回転数信号に変換する制御量置換部」は、「温度検出信号と設定温度信号との比較に応じた信号により必要な燃焼用空気量を決める風量制御回路」に相当し、引用例1記載の「制御量置換部からの回転数信号を設定値とし、回転数検出器で検出した回転数信号との偏差を求め、該偏差信号を回転数制御回路に入力し、該回転数制御回路からの出力信号を燃焼用送風機を駆動するモータの駆動回路に入力し回転数で風量を制御した」は、「風量制御回路からの出力信号とモータの実際の回転数を検知した信号を回転数制御回路に入力し、該回転数制御回路からの出力信号を燃焼用送風機を駆動するモータの駆動回路に入力し、回転数で風量を制御した」に相当するから、引用例1の構成Bは前記構成B’に相当し、結局、引用例1の構成Bは、本願発明の構成Bに相当するものと認められる。

したがって、本願発明と引用例1に記載されたものとは、「温水の温度を温度センサーにて比較検知してその信号により燃料供給弁で制御するとともに燃焼用送風機の風量を制御する水加熱の燃焼装置に於いて、該燃焼用送風機をモータにて構成し、温度センサー出力信号を設定出力と比較して必要な燃焼用空気量を決める風量制御回路より回転数制御回路へ出力し、駆動回路によりモータを駆動し該モータの実際の回転数検知により回転数で風量を制御したことを特徴とする燃焼装置。」の点で一致しており、次の点で相違している。

<1> 本願発明は燃焼用送風機を直流モータで駆動しているのに対し、引用例1に記載されたものは燃焼用送風機をモータで駆動している点。

<2> 本願発明の燃焼装置は高負荷燃焼装置であるのに対し、引用例1に記載されたものは燃焼装置である点。

(4)  相違点<1>について検討すると、温水器等の燃焼用送風機を直流モータで駆動させるようなことは、例えば引用例2に示すように当該技術分野においては従来周知であり、引用例2に示すものも、直流モータに属するトランジスタモータを用いて温水器等の燃焼用送風機を駆動させている。(なお、トランジスタモータが直流モータに属する点については、例えば、総合電子出版社発行のモータエレクトロシリーズの「制御用モータ技術活用マニュアル」の第5頁等参照。)

そして、給湯器は温水器の一種であって引用例1の技術分野及び前記従来周知の技術分野は本願発明の技術分野と同じであるから、引用例1記載のモータを直流モータにした点は、当業者が容易になし得たものと認める。

次に、相違点<2>について検討すると、温水器等の燃焼装置において、高負荷燃焼装置を用いることは従来周知(例えば、引用例2記載のものも、高負荷燃焼装置を用いている。)であり、引用例1の技術分野及び該従来周知の技術分野は本願発明の技術分野と同じであるから、引用例1記載の燃焼装置を高負荷燃焼装置とした点は、当業者が容易になし得たものと認める。

(5)  以上のとおりであるから、本願発明は、引用例1記載の発明及び前記従来周知の技術思想から当業者が容易に発明をすることができたものと認められ、特許法29条12項の規定により特許を受けることができない。

4  審決を取り消すべき事由

審決の理由の要点(1)、(2)は認める。同(3)のうち、本願発明の構成Bが構成B’に相当すること、引用例1の構成Bが本願発明の構成Bに相当すること、及び、本願発明と引用例1に記載されたものとの一致点の認定については争い、その余は認める。同(4)は認める。同(5)は争う。

審決は、本願発明の要旨に基づく技術的事項の解釈を誤り、本願発明と引用例1記載のものとの一致点を誤認して相違点を看過し、その結果、本願発明の進歩性の判断を誤ったものであるから、違法として取り消されるべきである。

(1)  本願発明の要旨に基づく技術的事項の解釈の誤り

<1> 本願明細書の特許請求の範囲の記載によれば、「温水の温度を温度センサーにて比較検知してその信号により燃料供給弁で制御するとともに燃焼用送風機の風量を制御する」とされており、燃料供給弁の制御(以下「燃料制御」という。)と燃焼用送風機の風量の制御(以下「風量制御」という。)とは、「温水の温度を温度センサーにて比較検知してその信号により」制御されることが明示されている。上記文言を文字どおり解釈すれば、「温水の温度を温度センサーにて比較検知してその信号により」とは、「温水の温度を温度センサーにて設定温度と比較して温水温度と設定温度との偏差を検知してその偏差信号により」燃料制御及び風量制御を行うものと理解される。

更に、風量制御は、「温度センサー出力信号を設定出力と比較して必要な燃焼用空気量を決める風量制御回路」を用いることを明示している。そして、これにより、風量制御回路が「温度センサー出力信号を設定出力と比較して必要な燃焼用空気量を決める」ものであることを明らかにしており、これを文字どおりに解釈すれば、「温度センサー出力信号(温度検出信号)を設定出力(設定温度信号)と比較して」得られるものは、両信号の偏差信号であり、「温度センサー出力信号(温度検出信号)を設定出力(設定温度信号)と比較して必要な燃焼用空気量を決める」とは、「得られた偏差信号に応じた必要な燃焼用空気量を決める」ことである。

したがって、本願発明の構成Bは、「温度検出信号と設定温度信号とを比較して得られる偏差信号に応じた必要な燃焼用空気量を決める風量制御回路」に、必要な燃焼用空気量を決定させるため、「偏差信号」が入力されるものである。

<2> 本願明細書には、実施例として、「サーミスター2が温水温度を検知してそれに応じて抵抗を示(す)」(甲第6号証5頁9行、10行)、「3.はサーミスター2の抵抗一温度特性を利用して動作する比例制御回路であり」(同4頁18行、19行)と記載され、願書に添付した図面第3図(以下「本願第3図」という。)で温度センサー(サーミスター)2と比例制御回路3との間に介在する構成がないことから、温度センサー(サーミスター)出力(抵抗)と設定出力とを比較して偏差信号を出力する機能は比例制御回路3が備えていると考える以外にはない。そして、「3.は・・・比例制御回路でありガス比例弁4に供給する電流を制御し、湯温が一定となるようにガス量を制御している。」(同4頁18行ないし5頁1行)とされることから、比例弁電流を制御する機能を比例制御回路3が備えていることが分かる。

したがって、比例制御回路3は、偏差信号を出力する機能と、比例弁電流を制御する機能とを備えていると理解することができる。

比例制御回路3が偏差信号を出力する機能を備えていることを前提に、特許請求の範囲の前記各記載や、本願明細書の発明の詳細な説明中の「作用」の項に「設定出力に対する温度センサー出力に応じて燃料供給弁が制御されて燃料供給量が設定されるとともに、燃焼用送風機の風量が設定され、」(甲第6号証4頁1行ないし4行)と記載され、「効果」の項に「点火時のパージ時間は短縮できて着火が早くなり使い勝手が向上する。」(同8頁14行、15行。比例弁への比例制御信号と同じ信号が風量制御回路に入力されているとした場合には、到底このような効果を奏することができない。)と記載されていることからみて、風量制御回路へは、比例制御回路で生成された偏差信号が入力されていることが理解できる。

<3> 以上によれば、本願発明の構成Bは、「温度検出信号と設定温度信号との比較により得られる偏差信号に応じた必要な燃焼用空気量を決める風量制御回路に該偏差信号を入力し、該風量制御回路で必要な燃焼用空気量を決定し、その出力信号とモータの実際の回転数を検知した信号を回転数制御回路に入力し、該回転数制御回路からの出力信号を燃焼用送風機を駆動するモータの駆動回路に入力し、回転数で風量を制御した」と解釈されるべきであって、審決の解釈にかかる構成B’は誤りである。

つまり、(a)本願発明において風量制御回路に入力される信号は、「温度検出信号と設定温度信号との比較により得られる偏差信号」と解釈すべきところ、審決は、「温度検出信号と設定温度信号との比較に応じた信号」と誤って解釈し、(b)「必要な燃焼用空気量を決める風量制御回路」がどのように「必要な燃焼用空気量を決める」かという点について、「温度検出信号と設定温度信号との比較により得られる偏差信号に応じて」決められると解釈すべきであるのに、審決はこの点について解釈をしていない。

(2)  一致点の認定の誤りと相違点の看過

<1> 引用例1の構成Bについて、審決が本願発明の風量制御回路に対応するとする制御量置換部に入力される「温度検出信号と設定温度信号との偏差信号に基づく制御信号」は、「温度検出信号と設定温度信号との偏差信号」そのものではなく、審決認定のとおり、偏差信号に基づき得られた燃料供給弁(制御弁8)を制御するために作成された信号である。

したがって、引用例1記載のものでは、温度検出信号と設定温度信号との偏差信号に基づいて、まず、燃料供給弁の制御信号が作成され、この燃料供給弁の制御信号が風量制御のために制御量置換部で回転数信号に変換されるものである。

本願発明の構成Bと引用例1の構成Bとを対比すると、本願発明の構成Bでは、風量制御回路に温度検出信号と設定温度信号との偏差信号を入力しているのに対して、引用例1の構成Bでは、風量制御回路に温度検出信号と設定温度信号との偏差信号に基づいて作成された燃料供給弁の制御信号が入力される点で相違する。また、本願発明の構成Bでは、風量制御回路で偏差信号に基づいて必要な燃焼用空気量が決められるのに対して、引用例1の構成Bでは、すでに燃料供給弁の制御量が決められていて、これを風量制御回路に風量制御のために変換する点で相違する。

したがって、引用例1の構成Bは本願発明の構成Bに相当するとした審決の認定は誤りであり、審決は、上記相違点を看過したものである。

<2> 本願発明と引用例1記載のものとの上記構成の相違違により、次のような作用効果の相違がある。すなわち、引用例1記載のものでは、燃料制御を先行し、燃料制御に基づいて風量(燃焼用空気量)制御を行うものであるため、燃料に対して風量が決定されるので、点火時と燃焼継続中とを異なるように風量制御することが難しい。これに対して、本願発明は、燃料制御と風量制御とを別個に行うものであるため、吸引式の送風機を採用しても、点火時と燃焼継続中との風量制御をきわめて容易に変えることができる。

上記相違は、本願発明の対象である高負荷燃焼装置のように、良好な燃焼を得るための空気過剰率の範囲がきわめて小さく燃焼不良を起こしやすいものにあっては、きわめて重要な作用効果の差異である。

(3)  以上のとおり、本願発明の構成Bは引用例1の構成Bとは相違するものであり、引用例1のものを仮に高負荷燃焼装置に適用して、かつ、直流モータを採用したとしても、本願発明の構成とはならず、また、本願発明はこれらにより奏することはできない格別の作用効果を奏するものであるから、本願発明の進歩性を否定した審決の判断は誤りである。

第3  請求の原因に対する認否及び反論

1  請求の原因1ないし3は認める。同4は争う。審決の認定、判断は正当であって、原告主張の誤りはない。

2  反論

(1)  審決が、風量制御回路に入力される信号は温度検出信号と設定温度信号との偏差信号そのものではなく、「温度検出信号と設定温度信号との比較に応じた信号」(「温度検出信号と設定温度信号との比較により得られる偏差信号に基づく信号」と同じ意味である。)としたのは、本願第3図を見てもわかるように、温度センサー出力と設定出力(設定温度信号)との比較に応じた信号(偏差信号)は比例制御回路3に入力され、比例制御回路3で比例制御された信号が比例弁4及び風量制御回路8へ入力されており、偏差信号が比例制御されることなく直接に比例弁4や風量制御回路8へ入力されているわけではないからである。

したがって、風量制御回路へ入力される信号を、原告の主張するように、「温度検出信号と設定温度信号との比較により得られる偏差信号」とするのは、本願第3図の記載から見て誤りである。

次に、風量制御回路が決める「必要な燃焼用空気量」は「温度検出信号と設定温度信号との比較により得られる偏差信号に応じた」量となることは自明である。そして、本願第3図に示された実施例からも明らかなように、本願発明の風量制御回路8が温度検出信号と設定温度信号との比較により得られる偏差信号に応じた必要な燃焼用空気量を決めることができるのは、温度検出信号と設定温度信号との比較により得られる偏差信号に基づく信号が比例制御回路3から風量制御回路8に入力されるためであり、偏差信号に基づく信号が入力されることなしに風量制御回路8が単独で「温度検出信号と設定温度信号との比較により得られる偏差信号に応じた必要な燃焼用空気量」を決めるわけではない。

したがって、偏差信号に基づく信号の入力とは別個に風量制御回路8が単独で、温度検出信号と設定温度信号との比較により得られる偏差信号に応じた必要な燃焼用空気量を決定するという趣旨の原告の主張は失当である。

以上のとおりであって、本願発明の構成Bは構成B’に相当するとした審決の認定に誤りはない。

(2)  本願発明の風量制御回路に対応する引用例1の制御量置換部に入力される「温度検出信号と設定温度との偏差信号に基づく制御信号」は、引用例1の第4図及び第3図に示されるように、「温度検出信号と設定温度との偏差信号を比例制御した信号」であり、燃料供給弁(制御弁8)及び送風機5を制御するために、燃料供給弁(制御弁8)及び本願発明の風量制御回路に対応する制御量置換部に入力される信号である。

これに対し、本願発明の構成Bは、前記のとおり構成B’に相当し、風量制御回路に入力される信号は「温度検出信号と設定温度信号との比較に応じた信号」すなわち「温度検出信号と設定温度信号との比較により得られる偏差信号に基づく信号」であるから、本願発明の構成Bは引用例1の構成Bと比して実質的な構成上の相違は認められない。

(3)  上記のとおり、本願発明の構成Bと引用例1の構成Bとの間に構成上の実質的な相違はないから、作用効果の相違がある旨の原告の主張は失当である。

第4  証拠

証拠関係は、書証目録記載のとおりであって、書証の成立はいずれも当事者間に争いがない。

理由

1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、2(本願発明の要旨)及び3(審決の理由の要点)については、当事者間に争いがない。

そして、審決の理由の要点(2)(引用例1及び2の記載事項の認定)、(3)(本願発明と引用例1記載のものとの対比)のうち、本願発明の構成Bが構成B’に相当し、引用例1の構成Bが本願発明の構成Bに相当すること及び本願発明と引用例1記載のものとの一致点の認定を除くその余の認定(本願発明の構成Aは構成A’に相当し、引用例1の構成Aは本願発明の構成Aに相当すること及び本願発明と引用例1記載のものとの相違点の認定など)及び(4)(上記相違点に対する判断)についても、当事者間に争いがない。

2  そこで、原告主張の取消事由の当否について検討する。

(1)<1>  本願発明の特許請求の範囲には、「温水の温度を温度センサーにて比較検知して・・・」と記載されているが、この「比較検知」とは、温水の温度と設定温度とを比較し、両者の差すなわち偏差を検知することを意味するものであることは技術常識に照らして明らかであり、上記記載文言からいって、温度センサーは上記比較検知についての機能を有しているものと理解される。また、本願明細書には、「この状態でサーミスター2が温水温度を検知してそれに応じて抵抗を示し、温度センサー出力と設定出力との比較に応じて比例制御回路3及び風量制御回路8を動作させる。」(甲第6号証5頁9行ないし13行)と記載されているから、比例制御回路3及び風量制御回路8に入力される信号は、少なくともこれらの回路の前段において温度センサー出力と設定出力との比較処理が行われた後の信号であることは明らかである。そして、本願第3図には、比例制御回路3の後段に風量制御回路8が接続されている図が示されているから、比例制御回路3に入力される信号は、温度センサー出力と設定出力との比較によって得られた信号すなわち偏差信号と理解される。

上記のとおり、比例制御回路3に入力される信号は偏差信号と理解されること、本願第3図には、比例制御回路3から風量制御回路8と比例弁4に信号が入力されている図が示されており、比例制御回路3で比例弁4を制御する信号が生成されていると考えられることからすると、比例制御回路3から出力される信号は偏差信号が比例制御された信号であって、偏差信号そのものではないものと理解される。

したがって、風量制御回路に入力される信号は、温度検出信号と設定温度信号との比較により得られる偏差信号に基づく信号、すなわち、温度検出信号と設定温度信号との比較に応じた信号であり、それによって必要な燃焼用空気量が決められているものと理解される。

<2>  原告は、本願発明の特許請求の範囲中の「温水の温度を温度センサーにて比較検知してその信号により燃料供給弁で制御するとともに燃焼用送風機の風量を制御する」、「温度センサー出力信号を設定出力と比較して必要な燃焼用空気量を決める風量制御回路」との記載を根拠として、本願発明の構成Bは、「温度検出信号と設定温度信号とを比較して得られる偏差信号に応じた必要な燃焼用空気量を決める風量制御回路」に、必要な燃焼用空気量を決定させるため、「偏差信号」が入力されるものである旨主張するが、上記各記載から主張のように解釈することはできない。

また、本願明細書には、「サーミスター2が温水温度を検知してそれに応じて抵抗を示(す)」(甲第6号証5頁9行、10行)、「3.はサーミスター2の抵抗-温度特性を利用して動作する比例制御回路であり」(同4頁18行、19行)と記載され、本願第3図には温度センサー(サーミスター)2と比例制御回路3との間に介在する構成は示されていないが、これらのことから、温度センサー出力と設定出力とを比較して偏差信号を出力する機能は比例制御回路3が備えているものと考える以外にはないとはいえず、前記のとおり、比例制御回路3には、温度センサー出力と設定出力との比較に応じた信号(偏差信号)が入力され、比例制御回路3で比例制御された信号が出力されているものと理解される。更に、本願明細書の発明の詳細な説明中の「作用」の項に「設定出力に対する温度センサー出力に応じて燃料供給弁が制御されて燃料供給量が設定されるとともに、燃焼用送風機の風量が設定され、」(甲第6号証4頁1行ないし4行)と記載され、「効果」の項に「点火時のパージ時間は短縮できて着火が早くなり使い勝手が向上する。」(同8頁14行、15行)と記載されているが、これらの記載から、比例制御回路で偏差信号が生成され、それが風量制御回路に入力されているものと理解することはできない。

したがって、本願発明の比例制御回路は、偏差信号を出力する機能と、比例弁電流を制御する機能とを備えていると理解することができる旨の原告の主張は採用できない。

<3>  以上のとおりであって、本願発明の構成Bについて、審決が、構成B’すなわち「温度検出信号と設定温度信号との比較に応じた信号を必要な燃焼用空気量を決める風量制御回路に入力し、該風量制御回路からの出力信号とモータの実際の回転数を検知した信号を回転数制御回路に入力し、該回転数制御回路からの出力信号を燃焼用送風機を駆動するモータの駆動回路に入力し、回転数で風量を制御した」と解釈したことに誤りはなく、「温度検出信号と設定温度信号との比較により得られる偏差信号に応じた必要な燃焼用空気量を決める風量制御回路に該偏差信号を入力し、該風量制御回路で必要な燃焼用空気量を決定し、その出力信号とモータの実際の回転数を検知した信号を回転数制御回路に入力し、該回転数制御回路からの出力信号を燃焼用送風機を駆動するモータの駆動回路に入力し、回転数で風量を制御した」と解釈されるべきであって、本願発明において風量制御回路に入力される信号は、審決のように「温度検出信号と設定温度信号との比較に応じた信号」と解釈すべきではなく、「温度検出信号と設定温度信号との比較により得られる偏差信号」と解釈すべきであり、また、「必要な燃焼用空気量を決める風量制御回路」がどのように「必要な燃焼用空気量を決める」かという点について、「温度検出信号と設定温度信号との比較により得られる偏差信号に応じて」決められると解釈すべきである旨の原告の主張は理由がないものというべきである。

(2)  引用例1の構成Aが本願発明の構成Aに相当することは、上記のとおり当事者間に争いがなく、また、本願発明の構成Bは構成B’のとおり解釈されるべきものであるから、引用例1の構成Bは本願発明の構成Bに相当するものとした審決の認定に誤りはない。

したがって、本願発明と引用例1記載のものとの一致点の認定に誤りはなく、本願発明の構成Bについて上記原告主張のように解釈すべきであることを前提として、一致点の認定の誤り及び相違点の看過、作用効果の相違をいう原告の主張は理由がない。

(3)  以上のとおり、本願発明と引用例1記載のものとは、審決認定の限度において一致しており、その認定にかかる相違点についての審決の判断については当事者間に争いがないから、本願発明は、引用例1記載の発明及び従来周知の技術思想から当業者が容易に発明をすることができたものと認められるとした審決の判断に誤りはなく、原告主張の取消事由は理由がないものというべきである。

3  よって、原告の本訴請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤博 裁判官 濵崎浩一 裁判官 市川正巳)

別紙図面1

<省略>

別紙図面2

<省略>

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